誰も考えなかったことを考え 実践した 巨人
モーシェ・フェルデンクライス(1904~1984)
物理学者フェルデンクライスに転機が訪れたのは、痛めていた膝が悪化、医師から回復の見込みはないと宣告を受けたことに始まる。車椅子生活になるやもしれないという状況の中、自らアプローチすることを決意、探求が始まった。習慣的に身につけた歩き方から、膝への負荷を減らすより統合された歩き方ができるだろうか・・・身体と重力との関係を学び直すには・・・。それは間違いを正すのではなく、可能性を探すプロセス。自らの身体を通して問いかけ、身体を通して聞き取る・・・探求の日々・・・ついに快適に歩く自分を発見、フェルデンクライス・メソッドは誕生した。
そのバックグラウンドには、嘉納治五郎との出会いによる柔道家としての身体的素養、M.エリクソンとの交流にみられる心理学的造詣等多岐にわたる経験・知識の存在がうかがわれるが、何より画期的特徴は「脳・神経系」に着目したことである。
解剖学的人体に動きはない。精神・心もない。生命体としての身体、生きている人間の全体性へのカギと言えるのが、「心」・「体」からは欠落している「脳」である。
20世紀末脳について従来の定説が覆される新事実が明証された。「神経可塑性」である。「成人の脳は完成し固定化されたもの、修復力はなく加齢により神経細胞は減少する」だけではなく、「神経細胞の数は増加することもあるし、そのネットワークも密になりうる」。人間の潜在的可能性を示す発見である。いち早くそれを「学習」という概念で、実践的アプローチとして集大成した意義の大きさは経験者のみが知ることができる。近年の脳科学研究の進展によって、その先駆的業績が注目され始めているが、その全貌についての理解にはまだなお時間が必要であろう。
フェルデンクライスは生まれながらに障害を持った子供、事故や病で障害を負った人、著名なアーティスト達にもレッスンを行う一方、後継者の育成にも力を注いだ。そのようにして教えを受け指導者となった人達から私もまたレッスンを受け、ここ日本で数少ないプラクティショナーの一人としてレッスンを行っている。